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2011/06/29

断捨離ブームでシンプルブームなのだけど。


断捨離ブームになってからか、
シンプルであるべき、みたいな風潮があって、ビックリする。
何でもかんでも、シンプルであるべき。
無駄は徹底的に排除すべきっていう、それが断捨離であるぞと。

だけども、無駄があって、生まれてくるものっていうのが多い気がするのだけど、
どうなんでしょ?

凄く簡単に例えれば、会社や学校から家に向けて一直線に帰るのが一番早いのだけど、
遠回りすることで、知らないお店や店や風景があったりして、
それがおもしかったりするし、
自分は興味がないと思いながら見ていたテレビの番組や本の記事が、
他の人との会話の中で思わぬ盛り上がりを見せたり。

だから無駄をしましょう、っていうことでもないのだけど、
損得勘定で考えることを少しやめて、
もうドブに捨てた!どっか落とした、しょうがない!って思って、
何かを買ってみたりするのも良い気がする!
断捨離ブームでシンプルな生活も良いけども。

無駄するってことは、無駄を知るっていうことでもあって、
無駄を知るっていうのは、必要を知ることにも繋がると思うですよ!

何よりも、無駄なことは楽しい。

2011/06/24

断捨離をやっている、または、やる、人。


断捨離っていうキーワードで検索をする人が多いのですが、
そこで気になるのは、
断捨離をしているのでしょうか。今。
それとも、やろうとしているのでしょうか。今。
という具合で、
している人からすれば、参考にならないと申しましょうか、
断捨離とはどうしてなんぞえ、という理屈を考えては書いている故に
少し方向なるものが違う気もしておりますが、
これからやろうと思っている方々はやってみれば良ろしいと思うの、
この無責任。
しかしね、ワタシも前はDVDを集めたりしていたのだけど、
いざ、売ってみると、何ともないというか、
じゃぁ、その買っていたDVDを何度も見たの?拝見したの?
といえば、観る作品っていうのは決まっているし、何ヶ月に一回という程で、
レンタルで良いじゃない!ということだったし、
並んでいる感じが良いのだよ、並んでいる感じ。
というけども、そのスペースとかそれを収納するものも買わないとならなかったりで、
捨ててみたり、売ってみたりして、死ぬことなんてないし、
なければないで、そういうものかな、と環境適応性を発揮しちゃってね、
本当に自分が今、こだわりたいものが見えてくるもののような気がしちゃってます。
勿論、例に出したDVDが大事だ、宝物だ、という人は、それを大切にすれば良いと思うし、
そういうのこそが大事だと思う。

何を言いたいかといえば、迷っているならばやってみれば良いということで、
お金がかかるなら考えちゃうけど、
売ったり捨てたりで、お金が増えることがあっても、減るものでもないし。
やってみて、それでもやっぱり!って思えるものなら、
それはあたらためて集めるとかすればお金がかかるかもだけども、
見え方も更に輝いちゃうマジック。


aikoのマスターピースは、小さな丸い好日だと思っています。

2011/06/15

断捨離と断ること。


断捨離関係のことを語ると、
物に執着しがちなのだけど、実は生活っていうことも同じぐらい大事で
appleのスティーブ・ジョブズがNOという理由みたいなニュースサイトを読んでいたら、
無闇矢鱈に断っているということではなくて、
NOと言い続けることで、必要なものが見えてくる、
NOというのが悪い意味で断るということではなくて、洗練するという意味で
使われていて、
同時に思い出すのは、勝間和代の「断る力」という本。
立ち読み程度で読んでみると、
同じようなことが書いてあって、何でもかんでも頼まれものを受けていると
時間がなくなり、一つ一つの作業が疎かになったり、
自分の時間もなくなってきてしまうため、健康状態の悪くなり、精神的にも追い込まれていくし、
それが仕事の出来にも影響するという話で、
断ることで、自分がやるべき事柄に対して、ベストを尽くすことが出来るようになるという話。

断捨離というと、物を捨てたり買わなかったりという印象が強いけども、
日常生活の中での、「付き合い」っていうのも、
無理にして行くものでもないし、
仕事でも、無駄だと思うことは、断れない立場とかあるのだろうから、
適度に力を抜いてみたりすることが、
効率に繋がったりするんじゃないかと思ったりするのです。
それもまた断捨離ってことで。

2011/06/12

断捨離からオタクへ。


何かが流行るときっていうのは、
誰が儲かったり、得をするように出来ている気がしていて、
例えば、AKB48が流行っているとして、
アキバで少し話題になっているぐらいで、
実はそんなに流行っていないのに、テレビや雑誌で流行っているという報道をすると、
10個中、1個ぐらいは本当の人気になる。
そうなれば、そういったものを扱っている媒体は儲けがうまれるので、
更に流行っている、という報道が加熱する。
CMや映画なども出演させれば売上があがるので、さらにメディアへの露出が増えて、
流行っているように感じる。
そのループ。
勿論、それが全てではなくて、単純な才能や魅力で人気が出る場合もありますが、
特に一時的なものは、そういうったことが多い気がします。

では、断捨離で誰が儲けるのか、と考えれば、
そういった特集を組む雑誌などでしょうが、
基本的に、断捨離は、買わないで捨てましょう、シンプルに。という考えがあるので、
そういった特集を組んでも買わない人が多い気がします。
とすると、どうして流行ったのか想像してみると、
選ぶものが増えすぎてしまったに他ならない気がしてならないのです。

例えば、ファッション。
服を去年買って着れるのに、今年の流行りじゃないから着ない、
それに合わせて、靴や髪型も変えなくちゃいけない。
何が流行っているのか、これから流行るのか考えならファッション誌をめくる。
同じ服でも何十種類も色があるから、色違いで買ってみる。
もちろん、それに合わせて再び靴も・・。

そういったことに嫌気がさした人たちが、
もっとシンプルに好きなモノを好きなように、と言い出したものが断捨離なのかもと。
そう考えると、最強の人種は、今、オタクなんじゃないかと、
脳のシナプスは飛躍したのです。

ヲタクの人たちは、自分の好きなことだけに集中をして満喫をして満足をします。
それが周りからどう思われていようが、何ら問題ではありませんし、
それで他人に迷惑をかけるわけでもありません。
例えば、オタ芸をする人。
音楽を聞きに来ているのか、アイドルを見に来ているのか、オタ芸をしにきているのか、
わかりませんが、彼らはとても満足そうで幸せそうです。
コスプレイヤーも同じで、何万円もする服を買っては着ているのですが、
そこに断捨離という言葉はなく、自分の好きなものを来て嬉しそうです。
アニメにも流行り廃りがあるでしょうが、自分の好きなアニメなので、
流行が終わろうが問題ないでしょうし、次のアニメに興味を示す人もいます。

先ほど、ファッションを悪い例としてあげましたが、
ファッションが好きで仕方ないという人は何ら問題ないと思います。
好きならば、いくらでも時間とお金をかけるべきだと思います。

前回も書きましたが、自分が興味がないことに振り回されないで、
好きなことに労力や時間、お金を注ごう、というのが断捨離の肝みたいなものじゃないかと
思っております。

相変わらず、断捨離関係の本を一冊も買ったこともないので、
「ワタシの考える・・」です。あしからず。

2011/06/08

断捨離は節約と違うと思うの巻。


ふと、断捨離の根本として思ったのは、
断捨離=節約ということじゃないということで、
実は、それがとても重要なんじゃないかと思うのです。

節約をしたい、だから不要なものを捨てて、不要なものを買わない、その結果、貯金が出来る。

という流れではなくて、
自分にとって、今必要なものが何かを考える、
その考える行為が断捨離かもよ。

断捨離と言うと、服を減らそうとかテレビを売ってしまおうとか、
手段はあるのだけど、
服がたくさん必要な人はたくさんあって良いはずだし、
テレビが必要な人は、1日テレビをつけていたって良いと思う。
でも、必要じゃない人は捨てちゃおう!っていうことで、
繰り返しだけども、それを考えるのが断捨離よ。きっと。

本やblogに書いてあるからマネをしました、だと結局、
一過性のブームで終わってしまって、
また別のものを買ったり、増やしたり、
その逆で、節約や買わない、ばかりを意識してしまって、
生活が不便になったり、それが原因でストレスになってしまっては、
断捨離以前の問題で宜しく無いわけでして、
高額でもお金をかけるところはかける、
物理的に量が多くても必要ならばたくさん置いてみる。

まとめの繰り返しだけども、
自分の生活に合ったものを考えるのが断捨離で、
物がなくて不便で、ストレスになったり、生活の効率が落とすのは、
断捨離でも何でもなくて、
木を見て森を見ないのと同じかもですよ。


無駄だと思っていても欲しい物がある!

2011/06/03

断捨離は先人の知恵でしょうか。

断捨離で検索してこちらをご覧になる方も多く、
それでいて、断捨離の本を一冊も読んだことがないことに関して、
何やら申し訳ないやら・・どうしたらものやらと思いながら、
立ち読みだけでも、立ち読みをしてみれば、

断捨離をしながら、良いものにはお金をかけよ!生活には統一感をもたせよ!

という記述がありました。
案の定、時間にして1分程度サラリと読んだだけで、それが一体なんであるか。
しかしながら、年配の主婦の方々に聞いてみれば、
それは断捨離以前に当たり前の話だという。
つまり、断捨離とは特別なものではなく、生活の知恵のようなものに他ならないようです。

つまるところ、貧乏人の銭失いという話で、
もっといえば、安かろう悪かろうである。

こんな経験が多分にして多くの人にあるのではないかと思うのが、
百均の商品。
たしかに、最近は便利なものやデザイン性が高いものも増えているけども、
それは一部で、すぐに壊れてしまうものも多く、
壊れて思うのは、百均だから仕方ないよね・・という具合。
そこで結局、しっかりとしたものを買い直すことになってしまい、
だとするならば、最初からしっかりとしたものを買っておけば、
お金もかからなかったし、2度も買う手間も発生しなかったことになる。

また、安いからといってデザインや使い勝手を我慢してしてしまうのも良くない、
というのも合点がいく。
とくに毎日使うものはそうだろうと思う。
例えば、タオルがボロボロになっているのに、断捨離だから・・などと我慢しては、
せっかくお風呂でサッパリしても、そのボロボロのタオルで気分が悪くなってしまう。
枕でも同じことが言えるもしれない。

統一感を持たせよ!というのは、どういうことか。
それは、好きなメーカーやブランドを持つという点なんじゃないかと思う。
わりと、家の中の家電は全てSONYで揃えていますから!という人がいたり、
お金がある人は、全身CHANELです!なんて人もいる。
それが何なのか?というと、
まず買うときに迷わなくて良いという点が大きい。
一つのメーカーの中で選ぶのと、全てのメーカーの中から選ぶのとでは、その労力の差は大きい。
服などもブランドも同じで、その容姿に統一感がうまれるとスマートに見える。

ここまで書いて、パソコンやらケータイの話やらに派生をしたくなったのだけど、
それはまた別件となる故、後日書くことにして、

断捨離を意識した生活も良いけども、それが苦となっては元も子もなく、
断捨離=節約などと考えてしまって、
趣味を疎かにしたり、楽しみに費やす時間や費用を削ってはならなるまいにと、
あらためて思ったのです。

前にも書いたかもしれないけど、
欲しい欲しいの生活から持たない、要らないの生活を望むなど、
それが良いのか、悪いのか。


買わないけど・・欲しいものは欲しい!
そんなジレンマ。

2011/05/28

断捨離でお金が貯まる?


相変わらず、断捨離が一体なんであるのか、ワタシにはその実態がわからないのだけど、
ふと想い出せば、
断捨離という言葉が流行る前の前兆として、
「掃除をすればお金が貯まる」という本が発売され雑誌では特集やらが組まれていたことを思い出し、勿論、そういったものを読んだことがないのだけど、
考えて見れば、ある程度の察しはつくのでして、
例えば、薬や乾電池なんかを想像して頂けるとありがたく、
絶対に使うのだけど、じゃぁ毎日使うか?というと、常に使うものではなく、
あ!今欲しい、というときに意外とないものが、そういったもので、
欲しい!あ、でもない!どこいった?
と探せど見つからず、その場は諦めますが、
やれ買物に出かけたときに思い出すのです。
あ、薬、買っておこう、あ、電、池買っておこう、と。
そうして、家に帰って、すぐに使う物でもないので、放置され、
家の中の妖精がそれらをどこかに運んでいくのです。
そうして、欲しい時に、再びない!どこいった!
の繰り返し。
これをもしも、もしもよ、しっかりと場所を決めたりしていれば、
何度も買わなくて済むわけで、無駄な消費が減る、という話ではないでしょうか?
そんなことで、自分の家の冷蔵庫を開いてみるのも良いんじゃないかと思う次第で、
賞味期限がきれた野菜やらいつ買ったわからないケチャップやら、謎のソースやらが
入っているのならば、掃除などすれば、
冷蔵庫の冷え冷え具合は効率的になるので、夏に向けて省エネになるんじゃないかという
午前1時の話です。

2011/05/20

テレビを断捨離してみた。




今、こうやってテレビのない部屋でぼんやりとこれを書いたりしているのですが、
あれですね。
足が寒い。足元が何やら心もとないのです。
元来冷え性であって、だけども、靴下を家でも履いていればそれが蒸れるし、そこに水虫てきな菌が発生などしてしまえば、蒸れで群れるしで、そういうのも嫌だから、裸足でかろうじてこれを書こうとしているのだけど、やっぱり何やら心もとないのです。

断捨離ブームで、あれ(断捨離の世の中、ブームのブーム)やこれや(断捨離と餓鬼)と、書いてみて、自分自身も乗っかって見るのがいいんじゃないかという軽率な思いつきで、部屋のテレビを売ってみたのでした。
以前から、少しずつDVDプレイヤーからDVDソフトも売っていたのだけど、テレビだけは、ニュースとか見るし、バラエティだってみたいし・・なんて色々考えたりしていて、歯止めがかかっていたのだけど、
お前さん、テレビを見ている時間は何をしているのだ?という内なる疑問に対して、
自問自答をしたのでした。
そもそも、もそもそ、普段か仕事をしていて家にはいない時間のほうが多く、休みともなれば映画にでも行こうか!などと繰り出すことが多く、それが叶わなければ、パソコンとにらめっこをしているのだから、テレビの前に座ってテレビと凝視する時間はニュースを見るぐらいの間で「見ている」というよりも「つけている」という感覚で、お前さんは見てなんかないじゃないか!という内なる私がそそのかしました。

そうして、過ごしてみると、気づくことも数々。
家にはテレビがあるので、全くもってテレビより絶縁というわけでもございませんが、
改めて見ると、テレビにCMの多さに唖然をさせらるのです。
30分ほどのニュースを見るのに、何回CMを見なくてはならないことか!
ニュースが見たいのであって、CMなんてみたくない!という手持ち無沙汰になったのですし、
一つ一つのニュースの長さにも驚かされるのです。
例えば、被災地に行って被災者に今、何が欲しいか?っていう疑問を投げかけて、「温かいお風呂に入りたいです」っていう答えをもらうまでのこの流れが長いこと。
まず、スタジオのアナウンサーが被災地の声を聞いてみましょう、という誰に向けているのかわらない説明をする。
私は心が傷んでいますという顔をしているレポーターがマイクを構えて、避難所の近くに立っている。
そうして、レポーターはカメラに背中を向け、顔は90度程カメラのほうを向けながら「ここでは被災者の方々が震災以来ずっと集団生活を続けていて・・約100人の人が避難所生活を余儀無くされています」という説明をしながら、避難所の中に入る。
避難所に入ると被災者の方に「あ、どうも、よろしくお願いします。避難所の生活はどうですか?」などと、想像性のかけらもない質問をする。
被災者からは「疲れました・・早く、家に帰りたい。せめて、仮設住宅のようなところでいいから住みたい」という答えが返ってくる。
レポーターは「そうですか・・では、今、一番欲しいものはなんですか?」と聞く。
被災者は「そうですね・・お風呂に入りたいです。温かいお風呂にゆっくりと浸かりたいです」と答え、
レポーターは「ありがとうございました。」と被災者に向かって言う。
そして、振り返り、カメラに向かい「一刻も早い、復興が望まれす」と締めくくる。
そうして、スタジオのアナウンサーは「はい。ありがとうございました。」と小さく呟き、次のニュースを読み始める。

これがとても長く感じられて2度目の驚きで、
新聞とかネットのニュースならば、
「被災者からは、早く温かいお風呂に入りたい、という声が聞かれる」とかで終わるのじゃないかしら。
勿論、その人の顔や表情や声から読み取れることっていうのはたくさんあって、それは絶対じゃないのだけどもね。
だから、インターネットニュースを見ることも増えたわけで、
NHKオンライン(http://www3.nhk.or.jp/news/)
WBS(http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/)
ANNニュースチャンネル(http://www.youtube.com/user/ANNnewsCH)
TBSニュースチャンネル(http://www.youtube.com/user/tbsnewsi)

とかで見れるのだし、それぞれのニュースは1分程でまとまっているし、便利な時代ね。

そうして、音がないと寂しいという考え方もあるのだけど、そうなったら、ラジオでも持ち込もうかとそんなことも考えております。只今。

バラエティを見て大いに笑うのも必要だから、やっぱりテレビも必要だと思うのだけど、
テレビのバラエティじゃなくとも、笑えることはたくさんあるわね。
ニコ動やらyoutubeやらの動画だって、最近じゃ、テレビで紹介番組が出来るほどで、だとすれば、最初からニコ動やyoutubeで楽しめないはずがないわね。

それに、本だってあるじゃない。
人類の歴史よ知能よ集大成よ。

なによりも、これは書いておきたいのだけど、
テレビをぼんやり見る時間がなくなると、時間に余裕らしいものが出来てよいね。
結局、その時間はネットに費やされているのだけど。。

2011/05/10

断捨離と餓鬼と。


先日、断捨離のことなんて書いて
嗚呼、そういえば書こうと思って忘れていた!なんてことを今になって思い出したのだから書くのですが、その前に、断捨離って何が良いのよ?
っていうことを、断捨離関係の本を1つも読んだことがない私が思いを巡らせて書くのも
どうかと思いながら、それでも筆をすすめてしまうあたり、ご理解いただきたい。
さっそくなのだけど、
例えば、テレビって何気なく見ている人が割と大半と勝手に思っている部分もあるのですが、
民放とNHKを合わせると、8局ぐらい?あります。
それに、スカパーやらWOWOWやらを合わせると、何百っていうそれはもう銀河の星の数みたいなもので、
でもしかし、今、みれるテレビっていうのはその中に1つで、何を見ようかテレビ欄を目を皿にしてみてみたり、何が良いかとテレビのチャンネルをカチカチと変えるのだけど、
でも、例えば、最初からNHKとNHK教育なら、どっちかっていう、シンプル。
断捨離ってそういうことなのだと思ったよ。
靴だってそう。服に合わせて、あれやこれやっていうのも、わかるのだけど、
靴の数を2つにしちゃって、そこからさかのぼり、その靴に合う服しか買わなければ、
服の数だって、必要最低限のもになるシンプル。
吉野家だってそう、牛丼か豚丼の男の選択しかないのだ!(正確には、トッピングとか種類もあるけども・・)
そのシンプル具合が断捨離なのだと思うのだけど、もっと・・なんて思ってしまうのも、性。
でもしかし、餓鬼よ。
餓鬼というと、服がボロボロで身体はガリガリを想像して、
あれは、食べるものがない、着るものがない、貧乏なことなものを餓鬼というのだ、
と思っている方もおられるでしょうが、それはどうも違うようで、
餓鬼には「無財餓鬼」と「有財餓鬼」との区別があって、
前者は常に物を欲しがる類。
後者はあり余るほど豊かな金品に恵まれながら、
けちんぼで一層欲心をつのらせ、そのためにかえって苦しむ類。
なのらしい。
ついつい快適な生活に慣れすぎてしまって、もちろん、それは決して悪いことではないけども、
もっともっと!となるなる前に、これはこれで満足、良いかもしれないな、
などと、餓鬼のようになってなければ良いのだけどと思うので御座います。
それでも、誰かが消費しなければ経済は活性化せず・・何やら面倒。
だからってことでもないのだけど、毎日が少しばかり心身ともに豊かになるためにも、好きなもの、良いものには、満足がいくようにお金をかけるのが、良いよねぇ。

2011/05/03

断捨離の世の中、ブームのブーム


まだまだ余震が続く毎日で、地震というものが頭から離れないけれど、
いっときの自粛ムードもなくなり、
今度は今度で、消費ムードになっていて、
結局、誰しもが何も考えていない、何も思っていない、テレビやら新聞やらが
示していることに関して、
あーそうか、そうなのか!と、右へ左へと流されている気もする日々、
最近の巷のブームは、断捨離だそうで、断捨離をする人を、ダンシャリアンとも言うそうですね。
もしかすれば、もうそのブームも終わっている可能性も否定できませんが、
えらく前に、おばさんのことをオバタリアンと言ったりしていたけども、
何とも安直なネーミングに唖然とするのでした。
んでは、断捨離とはなんぞやとwikiを見てみると、
"ヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方を応用したもので、
人生や日常生活に不要なモノを断つ、また捨てることで、モノへの執着から解放され、身軽で快適な人生を手に入れようという考え。単なる片づけとは一線を引く"
らしいのです。
そうして、その本が大変に売れていたらしいのですが、そういったものを買うという行為は断捨離に反することはないのでしょうか?なんて、子供の揚げ足取りみたいなことを思ってしまった自分が恥ずかしく、そういった細かいことを気にしない、そういったつまらないことを考えないということこそが、断捨離の一歩なんじゃないかと思った次第なのですよ。
いいね。断捨離。
断捨離しようと思っているんです。
しかしねー。物があることが幸せだと教え込まれてきて、子供の頃からアレが欲しい、
コレが欲しいとダダを捏ねてきたのに、今度はアレもいらない、コレも要らないっていうのは、
なんていうか贅沢な気がして、
欲しがない贅沢っていうのも、究極といえば究極な気がするし、
それでも、欲求があるから生きていけるわけですし、
今は、こういった仕方もない日記を書きたいという欲求が些か強いです。
捨てられるものがあるっていうのは、贅沢。
残すものがあるって贅沢。
今日がある贅沢。
贅沢だということを忘れてしまう贅沢。
皆で必死になって、贅沢を幸せを確認しているようで、
何だか切ないねぇ。