いつかわかるときがくるさ。
これがいつも、いつでも頭の中にこびりついて離れなくて、それはもう焦がしてしまったカレーのようです。
私の職業や容姿はこの際、大そうな問題ではありませんが、私には一つの能力というか、これはむしろ使命と考えてよいと思いますが、そういったものが備わっています。
学んだわけでもなく、知ったわけでもなく、気がついたら備わっていた、
例えば、子供が気がつくと立つことを覚え、話すことを覚えるのと似ております。
ああ、話がそれました。時間もありません。話をそらすわけにはいきません。
しかし、こういうときこそ違う話をしたいものです。
私の使命の話です。
いろいろ異論はあるのでしょうが、私は正義です。
正義というものは悪を討つためにあります。正義こそが善なのです!
と、純真無垢な子供のように、地に落ちる前の雪のように、戦地に咲く花のように、思っておりましたし、今でもそれは変わりないことです。
それは私のプライドでありましたし、理由でもりました。口実?口実かもしれませんが、それでも、です。
そうして私は、正義の制裁を与え続けてきました。
悪し者には正義を。月に変わってお仕置きを。悪の枢軸を。
あれから何人、何名に正義をかざしてきたことか。
少しでも満たされない何かを満たそうと、それだけを追いかけて追いかけて探して探してまた追いかけて。
その信念、根底にあるものは夢。
そうして私は今、この瞬間を迎えたのでした。
いつかわかるときがくるさ。
目の前の者は私を見下ろしてそう言っています。何度も何度も何度も。
いつかわかるときがくるさ。
いつかわかるときがくるさ。
もうろうとした意識の中で思い出します。
そうか私もそんなことを言っていた時期があった。
あのときも誰かを見下ろしながらそう言ったのだった。
いつかわかるときがくるさ。
正義を正義だと思い積み重ねてきたことは、いつか悪になり、悪はやがて正義に淘汰されるのだったな。
そんな自分勝手なこと。利己的なこと。エゴなこと。いらんこと。
目の前の君よ。そう靴しか見えてないけど、私を見下ろしている君よ。
君もいつかわかるときがくるよ。
わかるときがくる。
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